歯科領域では2010年に「科学的根拠に基づく抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドライン」(日本有病者歯科医療学会、日本口腔外科学会、日本老年歯科医学会)が発行され、抗血栓療法継続下での抜歯をグレードB(科学的根拠があり、奨められる)で推奨。2015年3月には改訂版が発行された。改訂GLの作成委員長を務めた国際医療福祉大学三田病院歯科口腔外科部長の矢郷香氏が改訂版のポイントなどを解説した。歯科領域での抗血栓療法継続下での抜歯に対する理解は進んでいるが、新規抗血栓薬の相次ぐ登場で、新たな課題も出てきているようだ。東京歯科保険医協会・東京保険医協会が主催の「医科歯科安全講習会2016」(2月19日、東京都)の内容と周辺情報を紹介する。
抜歯時のINR「直前の値が望ましい」
2010年版、2015年改訂版ともに「ワルファリン服用患者の場合PT-INR(プロトロンビン時間-国際標準比)が3以下であれば、十分な局所止血を行った上で抜歯が可能(推奨グレードB)と一貫した推奨を示している。抜歯の際にはどの時点のPT-INRを参考にすべきなのか。「GLでは抜歯の24時間以内、少なくとも72時間以内。できれば抜歯間近の測定が望ましいとしている」(矢郷氏)。ワルファリンは食事や併用薬の影響を受けやすいため、同じ用量を飲んでいても、PT-INRがたびたび変動するためだ。
最近ではワルファリン服用患者向けの携帯型PT-INR自己測定器を、「指先からの採血で、1分以内にPT-INRが測定できる」と使用する歯科医師も増えているそうだ。実際に処方医から「1カ月前のPT-INR値は治療域」と紹介されてきた患者が、歯科での抜歯直前の測定で4以上と判明。「こういう場合は、処方医に対診の上、PT-INRを治療域に調整してから抜歯をやり直すこともある」と矢郷氏。この他、ワルファリン服用中の高齢患者の口腔内を診察中に歯肉の内出血を発見し、PT-INRを測定したところ3.4だったため、内科医に相談。ワルファリン調整でPT-INRを治療域に戻してもらうと出血斑が消失した事例も経験したそうで、「抗血栓療法時と歯科治療における医科歯科連携の重要性は非常に高まっている」との考えを示す。
開業歯科での抗血栓療法継続下での抜歯の実態はどうなのか。2012年の笠岡第一病院歯科の豊田眞仁氏らのグループによる患者41例、計94回、157本の抜歯の検討では、全例がPT-INR3以下のGLに沿った条件下で後出血を生じた例は2例で、いずれも圧迫止血などで、30分程度で止血が可能だったと報告されている。豊田氏らは「GLを厳守すれば、後出血率も低く、基本的な手技により止血が可能で、一般歯科医により十分行える抜歯手技」と考察している(老年歯学第27巻第1号, 2012)。なお、改訂GLでも「埋伏歯や粘膜骨膜弁を形成し、骨削除を行うような難抜歯についてはエビデンスが高い報告が少ないため、口腔外科に紹介するなどの慎重な対応」を求めている。
DOACの抜歯は「血中濃度ピークを避けて実施」
歯科領域でも抗血栓薬継続下の抜歯への理解は深まりつつあるが、この数年、新たな問題も生じているようだ。「ワルファリンやヘパリン、アスピリンは歯科医師にもなじみがあるが、新しく登場してきた抗血栓薬や抗血小板薬はまだ十分知られているとは言えない」と矢郷氏。最近ではDOACを服用していた心房細動患者が近歯科で抜歯後、出血が止まらないと矢郷氏の施設を受診。局所止血を行った症例なども経験するようになっているそうだ。この患者は、後に抜歯を行った歯科医師が新しい薬剤の名前を知らずに抜歯したことが判明した。
この数年、抗凝固薬は4剤(ダビガトラン、リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバン)、抗血小板薬もプラスグレルやチカグレロル(2017年2月発売)など、新しい薬の承認が相次いでいる。改訂GLでは、DOAC(第Xa因子阻害薬を含む)服用中の抜歯に関する記載が追加。ワルファリンに比べ、推奨グレードは2Cとやや低いが、いずれも「適切な局所止血を行えば継続投与のまま抜歯を行っても、適切な局所止血を行えば重篤な出血性合併症を発症する危険性は少ないとされている」との推奨が示されている。
ところでDOACの休薬による血栓塞栓症リスクはどの程度か。ダビガトランやリバーロキサバンを休薬した場合の脳梗塞、全身性塞栓症の発症頻度はワルファリンと同等との報告がある(Circulation 2012; 126: 343-348, Circulation 2014; 129: 1850-1859)。
DOAC使用中の抜歯に際しては、ワルファリンと違い「早く効いて早く切れる(血中濃度ピークが服用から2時間前後、半減期が半日程度)」ことを踏まえた抜歯の対応が必要と矢郷氏。また、DOACにはワルファリンのINRのように確立された血中濃度モニタリング法がない。こうしたことから、DOAC服用患者への抜歯時の対応として2015年改訂GLでは「必ず、服用時間を確認した上で内服6時間以降、可能なら12時間以降の抜歯が推奨された」(矢郷氏)。DOACには1日1回製剤だけでなく、1日2回製剤もあることから「薬剤名の十分な確認も重要」と話す。
また、ダビガトランではAPTT(活性化部分トロンボプラスチン時間、基準値10-13秒)、第Xa因子阻害薬ではPT(基準値20-40秒)を参考とするのも1つの手と矢郷氏。ただし「これらの指標を用いることで、出血性合併症を予測できるとのエビデンスは確立されていないことに注意が必要」とのことだ。