レミエール症候群(Lemierre's syndrome)は,咽頭炎などの先行感染後にFusobacterium necrophorum を主とする口腔内常在菌の感染が波及し,頸静脈に化膿性血栓性静脈炎をきたし,進行すると肺などに血行性に転移性感染巣を形成する一連の症候群の別名である.その名は1936年に同症候群を報告したAndre Lemierre医師に由来している.Lemierreが報告した時代には,ペニシリン系抗菌薬もいまだ使用できず,治療は主に静脈結紮のみであったため,実に20症例中18例が死亡したという極めて死亡率の高い疾患であった1).抗菌薬をはじめとした治療法の進歩により,レミエール症候群の死亡率は以前と比べて低下しているものの,現在でも死亡率は約6%2)と軽視できるものではない.他の重症感染症と同様に早期の診断や治療開始が重要であることは言を俟たないが,疾患の重症度に反して医師のあいだの認知度が低く,早期に診断されている症例は少ない.また現在,適応のない咽頭炎症例にまで抗菌薬投与が行われてしまっていることが多く,経過や症状がマスクされてしまう症例も少なくないと推測され,さらなる診断や治療の遅れに繋がっている可能性がある.
I.疫学と病態
レミエール症候群は特に既往のない若年者に発症することが知られており,その平均年齢は20歳である3).
先行感染の感染巣は,伝染性単核球症を含む咽頭炎および咽頭周囲炎が最も多い(87.1%).続いて,乳様突起炎(2.7%)やう歯(1.8%)があり,副鼻腔炎,頭頸部の皮膚軟部組織感染,耳下腺炎の報告もある.症状としては,扁桃炎や扁桃周囲炎の頻度が高いことから,咽頭の疼痛や発赤,腫脹,偽膜が多い.発熱はほとんどの場合(82.5%)で認めるが,発熱を欠く場合もある2).
いったん頸静脈に感染が波及し化膿性血栓性静脈炎をきたすと,血行性の転移病巣を形成し得る.この段階では前述の症状に加えて,頸部の発赤や腫脹,疼痛といった化膿性血栓性静脈炎の症状,また発熱,悪寒・戦慄といった敗血症の症状が出現してくる.咽頭炎などの先行感染から化膿性血栓性静脈炎に移行するまでの期間は通常7日間以内であり,進行が早い4,5).
転移巣として最も多いのが肺である.肺転移の頻度は高く,実に79.8%の症例で肺への転移を認める2).胸部レントゲン所見として,多発する浸潤影が一番多く,膿胸や肺化膿症,肺嚢胞,気胸も認められることがある.肺の次に転移巣として頻度が高いのは関節だが,抗菌薬がなかったLemierreが報告した時代と比べて,その頻度は低下している(66.5%vs16.5%).関節部位としては,股関節,肩関節,膝関節が多い6,7,8).肺や関節以外の転移巣としては,肝臓,脾臓(2.7%)などがある2).